- はじめに:1年後の私たち――進化の軌跡と、ささやかな告白
- 第1章:グローバル開発モデルの進化――オフショア開発とAIの幸福な出会い
- 第2章:絵に描いた餅で終わらせない――現場起点のAI活用、その道のり
- 第3章:チームトポロジーの加速――自律する現場が生んだ「イネイブリングチーム」の新たな使命
- まとめ:未来へ向けた開発組織の設計図
- さいごに
はじめに:1年後の私たち――進化の軌跡と、ささやかな告白
2024年9月の前回記事から約10ヶ月。グローバル開発体制の基盤構築を共有した当時から、私たちのチームは単なる効率化に留まらない質的な変化を遂げました。この記事はその後の物語です。
本題に入る前に、一つ告白と訂正をさせてください。前回の記事で、開発チームを「ストリームアイランドチーム」と記載しましたが、正しくは「ストリームアラインドチーム(Stream-Aligned Team)」です。
この「アイランド(島)」から「アラインド(連携)」への誤記は、今振り返ると私たちの進化そのものを象徴しているようです。かつて物理的にも意識的にも離れたチームが、いかにして真に連携するに至ったのか。この記事では、その過程で紡いだ3つの物語を共有します。
- オフショア開発からグローバル開発モデルの進化: RVとの連携が、共に価値を創造する「パートナーシップ」へと深化。
- AIの実践的導入: AIを開発ワークフローに戦略的に組み込み、具体的な成果を創出。
- チームトポロジーの加速: 上記2つの進化が触媒となり、チームトポロジーの実践が次のステージへ加速。
この進化の軌跡が、強い開発組織を目指す皆様の参考になれば幸いです。
第1章:グローバル開発モデルの進化――オフショア開発とAIの幸福な出会い
1.1 旧来の認識 vs 現代の現実:オフショア開発の再定義
まず前提として、本記事における用語の定義を明確にしておきます。 「オフショア開発」は、主に開発委託型の関係を指し、「グローバル開発」は、役割・責任を共有し価値創造をともに担う統合型の開発体制を指します。 これらは単なる言い換えではなく、関係性・責任構造・アウトプットの質において異なると考えています。
「オフショア開発」には「仕様書通りに実装だけを依頼する」という旧来のイメージが根強くあります。しかし、一方通行の関係ではプロダクト価値の最大化は望めません。私たちが目指すのは、統合された「ユナイテッドチーム(United Team)」です。
このモデルでは、RVチームは単なる委託先ではなく、プロダクトの成功に共同で責任を負うパートナーです。ビジネス背景を理解し、主体的に改善提案を行い、日本チームと共にプロダクトを育てていく。この「指示されたものを作る」から「何を、なぜ作るべきか」を共に議論する関係への変化が、私たちの進化の核となります。
1.2 中核となるアナロジー:優れたオフショア開発プラクティスは、優れたAIプラクティスである
この移行過程で培ったコミュニケーションの規律が、図らずもAI活用の成功に直結しました。「優れたグローバル開発プラクティスは、優れたAIプラクティスである」というアナロジーです。
言語や文化、物理的距離が離れたチーム間で誤解なく情報を伝達するには、暗黙の了解を排し、情報を構造化・明文化する必要があります。このプロセスは、AIに的確な指示を与えるプロンプトエンジニアリングそのものです。乱暴で構造化されていないインプットでもAIは一定のアウトプットを出力しますが、形式化/構造化されたインプットがあれば、より良く、期待するアウトプットを生成します。グローバルチームのために整備したドキュメントやテンプレート、形式化したフローが、そのままAIへのインプットとして機能します。
1.3 AIによる認知負荷の軽減とスキルの平準化:言葉の壁を越える力
グローバル開発において、ブリッジSEは重要な役割を担いますが、母国語以外でのコミュニケーションは大きな認知負荷を伴います。ここでAIが、強力な「認知的なイネーブラー(Cognitive Enabler)」として機能しました。
「日本語の細かな表現を気にせず、仕様レビューに集中できるようになりました。AIが要点から自然な日本語を生成してくれます」 「RVメンバーとベトナム語で議論した内容を、AIが日本語の設計ドラフトに変換してくれます。このスピード感は革命的です」
AIが翻訳や表現の洗練を担うことで、彼らは言語の壁から解放され、仕様の妥当性評価など、より本質的な思考に認知リソースを集中できるようになっています。
1.4 代替不可能な「ヒューマン・イン・ザ・ループ」:AIの限界と人間の価値
AIの能力を引き出す一方、その限界も認識しています。特に生成AIの「ハルシネーション(もっともらしい嘘をつく)」を考慮し、最終的な判断を人間が行う「ヒューマン・イン・ザ・ループ」のプロセスを徹底しています。
設計をしたブリッジSEからは下記のようなフィードバックを頂いています。
- AIが古い仕様に基づき誤った回答をした事例を報告し、この経験から、「AIの出力を最大限に活かすためにも、今はまだシステムの文脈を理解した人間による検証が必要です」
- 「AIに対する現状の内部実装・仕様のインプット方法が不十分であるため、AI活用に向けた内部設計資料の集約方法やインプットを見直した方が良いです
これらの事例は、AI活用の成熟度が、単にツールとして使う段階から、いかにAIを自律的なパートナーへと育てていくかという課題に移っていることを示唆しています。壁打ちやドラフト作成は入り口に過ぎず、真の目標はAIがシステムの文脈を深く理解し、自律的に判断する未来です。
現状、人間による検証は不可欠ですが、私たちはこのプロセスを単なる「間違い探し」ではなく、AIをより賢く活用するための「教育プロセス」と捉えています。現在のハイブリッドなアプローチは、一つ一つの検証を通じてAIにフィードバックを与え、人間が介入すべき領域を戦略的に減らしていく。このサイクルを回し続けることこそが、自律的な開発プロセスを実現する道筋だと考えています。
第2章:絵に描いた餅で終わらせない――現場起点のAI活用、その道のり
AI活用を成功させる秘訣は、トップダウンの号令だけでなく、いかに現場の課題と結びつけ、ボトムアップで改善を積み重ねられるかにあります。「我々の課題を解決するためにAIをどう使うか」という問いからすべては始まりました。
2.1 「なぜやるのか?」から始めるデータ駆動アプローチ
私たちのAI活用は「AIを使おう」という結論ありきではありませんでした。まず開発プロセス全体の「業務棚卸」を行い、データに基づきボトルネックとインパクトの大きい課題を特定しました。
例えば、設計ドキュメントの形式が標準化されておらず手戻りが頻発していたため、AI導入の前に、まず人間が理解しやすいようプロセスを「標準化」することから着手しました。
この地味なステップが後のAI活用の成否を分けます。
2.2 活用のための足場作りと血の通ったフィードバックループ
AIの力を組織全体で引き出すには、一部の専門家だけが活躍する状況では不十分です。誰もが一定品質でAIを活用できる「足場」として、マニュアルやテンプレートを整備し、ノウハウを組織の共有資産として形式知化しました。
もちろんツール整備だけでは不十分で、それらが現場でどう使われているか生きた情報を吸い上げる「フィードバックループ」が不可欠です。
現場からは「定型作業が楽になった」というメリットと共に、「AIの出力は鵜呑みにできず、人間による検証が不可欠」というバランスの取れたフィードバックが常に寄せられています。
第3章:チームトポロジーの加速――自律する現場が生んだ「イネイブリングチーム」の新たな使命
グローバル開発体制の成熟とAIによる生産性向上は、私たちの組織構造に影響を与え、チームトポロジーの実践を加速させました。
3.1 理論から現実へ:私たちの進化の可視化
チームトポロジーに基づきチームの変遷を振り返ると、その進化は明確です。
As-Is(かつての姿): 日本のエンジニアがハブとなり、ほぼ全ての関係者と連携する必要がありました。コミュニケーションが特定メンバーに集中し、ボトルネックとなる構造的な課題を抱えていました。
To-Be(現在の姿): ブリッジSEとRVチームがプロダクトの特定領域に責任を持つ、自律した「ストリームアラインドチーム」へと変貌。設計からテストまでを一気通貫で完結できる能力を備えつつあります。それに伴い、日本のエンジニアチームは、彼らを支援する「イネイブリングチーム」へと役割を変えました。
3.2 ストリームアラインドチームの成熟:オーナーシップの醸成
「最近では、日本側が気づかなかった仕様の矛盾点を、RVチーム側から指摘してくれることが増えました」。この言葉が示すように、RVチームはもはや単なる「実装部隊」ではなく、プロダクトのオーナーシップを持ち、主体的に開発をリードする存在へと成長しました。
この自律性の獲得は、第1章と第2章で述べた地道な取り組みの結果です。
- コミュニケーション基盤の確立: 構造化されたドキュメントと思考のフレームワークが、コミュニケーションのオーバーヘッドを削減し、当事者意識を醸成しました。
- AIによる能力向上と自信: AIが言語の壁を取り払い、設計品質を向上させたことで日本チームへの依存が低下。成功体験が彼らの自信とオーナーシップを育みました。
プロセス標準化とAI活用への投資は、RVチームを自律させ、組織のスケーラビリティを高めるための戦略的な布石となっています。
3.3 イネイブリングチームの新たな使命:門番から成長エンジンへ
ストリームアラインドチームが日々の開発フローを担うようになり、イネイブリングチーム(日本)はより戦略的な活動に注力できるようになりました。
かつての「門番(ゲートキーパー)」から、組織全体の能力を増幅させる「成長エンジン(グロースエンジン)」へと生まれ変わったのです。
新たな使命は、開発プロセスの軽量化、マインドセット醸成、上流工程への参画、高難易度技術課題への対応など多岐にわたります。
これらは目先の機能開発より中長期的な視点が求められる「イネーブリング」な仕事です。日々の開発フローが自律したチームによって回っているからこそ、イネイブリングチームは高付加価値な業務に集中できます。
まとめ:未来へ向けた開発組織の設計図
この10ヶ月の旅は「グローバル開発 → AI活用 → チームトポロジー」というポジティブな連鎖反応の物語でした。
- 成熟したグローバル開発モデルが、強固なコミュニケーションの土台を築いた。
- その土台があったからこそ、AIを効果的に導入し、生産性と自律性を高めることができた。
- AIによって得られた効率と自律性が、チームトポロジーを次の段階へと進化させた。
この経験から得られた学びは、強い開発組織を築くための普遍的な設計図となり得ると考えています。
- 「オフショア」を「統合されたチーム」へ: パートナーシップにより顧客価値を最大化します。
- テクノロジーを課題解決の手段とする: 流行ではなく、具体的な課題を解決するためにAIを活用します。
- 人間とAIの共生関係を設計する: AIの限界を認識し、人間の判断をプロセスに組み込むことが重要です。
- 効率化で得たリソースを戦略的業務に再投資する: 生産性向上の最終目的は、より付加価値の高い仕事に集中できる組織デザインの実現です。
さいごに
最後までお読みいただき、ありがとうございます! かつての「ストリームアイランド(島)」が、AIという追い風を受けて大きな「ストリーム(流れ)」へ。私たちのチームの進化の物語、いかがでしたでしょうか。
これは技術で事業課題を解決しようとするラクスの一つの挑戦例です。これからもエンジニアがより創造性を発揮できる環境を追求し、変化を恐れず進化を続けていきます。
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