
2025年、AI技術は新たなフェーズに突入しました。特に、自律的にタスクを計画・実行する「AIエージェント」の登場は、ソフトウェア開発の世界に大きなインパクトを与えています。私たちラクスでも、この技術革新の波を捉え、自社サービスを進化させるべく、社内のR&D活動「技術推進プロジェクト」にて「垂直型AIエージェント」の調査・研究に取り組みました。
申し遅れました、普段は技術広報を担当しているkawa3です。今回は久々にR&D活動を通じてエンジニア業務を担当しました。楽しかったです!
本記事では、その成果発表の内容をもとに、AIエージェントの基本からSaaSへの応用可能性、そしてPoC(概念実証)を通じて見えてきたリアルな課題と解決策までを簡潔にご紹介します。
この記事を通して、垂直型AIエージェントの技術的な面白さをお伝えするとともに、ラクスがどのように技術のキャッチアップと社内へのナレッジ展開に挑戦しているか、その一端を感じていただければ幸いです。
- なぜ今「垂直型AIエージェント」なのか?
- AIエージェントの基本:従来のAIとの違いと得意なこと
- 実装への道筋:自律レベルによる6つのパターン分類
- SaaS業界の最前線:競合他社のAIエージェント活用事例
- AIエージェントを構成する8つのコア技術モジュール
- ラクス製品への反映アイデア
- やってみて分かったこと:AIエージェント開発フレームワークを用いたPoCのリアルな手応え
- 本番導入を阻む「3つの壁」と、その乗り越え方
- 知識を組織の力に:「垂直型AIエージェント実装ナレッジベース」
- まとめと今後の展望
なぜ今「垂直型AIエージェント」なのか?
AIエージェントには、分野を問わず汎用的に使える「水平型」と、特定の業界や業務(ドメイン)に特化した「垂直型」が存在します。私たちが今回「垂直型」に焦点を当てた理由は、ラクスが提供する多様なSaaSサービスへのAI導入を考えた際に、より現実的で高い価値を提供できると考えたからです。
プロジェクトの目標は以下の3つに設定しました。
- 国内外のAIエージェント活用パターンやユースケースの調査
- ラクスが提供するサービスへの適用候補機能の洗い出し
- PoCによる実現可能性の判断
AIエージェントの基本:従来のAIとの違いと得意なこと
まず、「AIエージェント」そのものについて整理しましょう。
- AIエージェント: 自律的に計画・意思決定を行いながら作業を実行するAIです。タスク遂行に必要な情報を自ら収集し、状況に応じて最適な行動を判断・実行します。開発支援AI「Devin」などがその代表例です。
- 従来の生成AI・AIアシスタント: ユーザーの指示に基づき、コンテンツ出力や支援を行うAIです。対話や補助的な作業が主な役割となります。
そして、垂直型AIエージェントは、その高い専門性を活かして、特に以下の3つの領域を得意としています。
- 専門知識が必要な、高度な分析や判断支援
- ルールに基づいた定型業務の自動化と効率化
- 大量のデータに基づく予測と最適化
医療の画像診断支援から金融の不正利用検知、法務の契約書レビューまで、その応用範囲は多岐にわたります。
実装への道筋:自律レベルによる6つのパターン分類
一口にAIエージェントと言っても、その自律レベルは様々です。私たちは、人間がどの程度関与するかに応じて、自律レベルを弱い方からAssist(支援)、Copilot(副操縦士)、Autonomous(自律型)の3段階に分けました。
さらに、これを具体的な機能パターンとして6つに分類しました。これにより、AIエージェント導入の難易度やステップをより明確にイメージできます。

| パターン分類 | 自律レベル |
|---|---|
| ①リサーチ&要約アシスト | アシスト |
| ②ドラフティング・ジェネレーター | アシスト〜コパイロット |
| ③意思決定コパイロット | コパイロット |
| ④業務フロー・オートメーター | コパイロット〜自律 |
| ⑤自律オペレーター | 自律 |
| ⑥モニタリング&ガーディアン | 自律(単機能) |
SaaS業界の最前線:競合他社のAIエージェント活用事例
SaaS業界では、まさに「AIエージェント元年」とも言える状況で、各社が次々と新機能をリリースしています。
本記事では割愛しますが、社内向けの成果発表では各社のAIエージェント機能の事例を紹介しました。
各社とも、具体的な業務プロセスにAIを組み込み、「完全自動運転」を目指す動きが加速していることがわかりました。
AIエージェントを構成する8つのコア技術モジュール
私たちは、AIエージェントを構成する技術要素を8つのコアモジュールとして整理しました。 成果発表では、これらのコアモジュールの役割や技術例について解説を行いました。

- LLM Core(GPT/Claude/Gemini等)
- プロンプト・推論エンジン(タスク分解・計画・自己修正)
- メモリ管理(短期/長期)
- RAG(幻覚抑制・ドメイン知識注入)
- 外部ツール連携(API/MCP/関数呼出)
- マルチモーダル(音声/画像/動画)
- 安全性・ガバナンス(Moderation/Guardrails/ルールエンジン)
- モニタリング・分析(Langfuse/LangSmith/OTel等)
ラクス製品への反映アイデア
ここでは、ラクスが展開する「楽楽明細」「楽楽販売」「メールディーラー」などの9製品を対象にAIエージェント機能の候補を洗い出しました。 9製品×6種の自律レベル = 合計54機能の実装案を検討しました。
これら案のうち、「楽楽勤怠」でのシフト自動作成機能をPoCで実施することが決まりました。
やってみて分かったこと:AIエージェント開発フレームワークを用いたPoCのリアルな手応え
私たちは、AIエージェント開発フレームワークを用いて、簡単なシングルエージェントを実装し、シフト作成の自動化を試みるPoCを実施しました。
【PoCの概要】
- 目的: 従業員のスキルや希望勤務時間、各時間帯に必要な人数といった要件から、最適なシフトを自動生成する。
- 流れ:
- シフト要件を登録
- 従業員の勤怠情報(スキル、希望シフト等)を登録
- AIエージェントにシフト作成をリクエスト
- AIエージェントが推論やRAG、外部ツールなどを使用しシフト案を作成
- 生成されたシフト案と充足状況を確認
【PoCから得られた知見】
- 良かった点:
- AIエージェント開発フレームワークを用いることで、簡単なワークフローであれば容易に実装可能であることが確認できました。
- 気になった点(課題):
- 処理速度: 入力データが増えるほどレスポンスが遅くなり、タイムアウトのリスクがありました。単純なシフト作成であれば、専門の最適化ツール(例:ORTools)の方が適している可能性も感じました。
- マルチエージェント化の必要性: シフトを「作成するエージェント」「評価するエージェント」「修正するエージェント」のように役割分担させるマルチエージェント構成の方が、より真価を発揮できると感じました。
- セキュリティ・保守性: 今回のPoCでは簡単な検証に留まりましたが、本番運用を見据えると重要な課題が浮き彫りとなりました。
本番導入を阻む「3つの壁」と、その乗り越え方
PoCを通じて、AIエージェントのワークフロー自動化へのポテンシャルを実感する一方で、本番導入にはいくつかの大きな壁があることも明らかになりました。
本番導入を困難にする三大要因:
- 性能: 処理が遅い、精度が低い。
- コスト: API利用料などが高額になり、赤字になる可能性がある。
- セキュリティ: プロンプトインジェクションのような攻撃への対処や、不適切な出力内容の精査など、企業としての責任が問われる。
これらの課題は決して低くありませんが、乗り越えるための技術やノウハウも存在します。
- 性能改善: モデルの最適化、RAG(Retrieval-Augmented Generation)の精度向上、マルチエージェントによる並列化など。
- コスト圧縮: 軽量モデルの活用、推論キャッシュ、ライセンスの最適化など。
- セキュリティ強化: ガードレール(不適切な入出力を防ぐ仕組み)、ヒューマン・イン・ザ・ループ(人間の確認・介入)、モデレーションAPIの活用など。
今後は、これらの技術要素の研究やナレッジを組織として蓄積していくことが、競争力の源泉になると考えています。
知識を組織の力に:「垂直型AIエージェント実装ナレッジベース」
今回のプロジェクトの最終成果物として、私たちは調査・研究で得た知見を「垂直型AIエージェント実装ナレッジベース」としてGitHub Wikiにまとめ、社内に公開しました。

これは、AIエージェントを本番実装するための、設計から運用、評価までの実務知識を集約したものです。
ナレッジベースの主な構成
- 1. 基本概念: 垂直型AIエージェントの定義や価値、ユースケースを整理。
- 2. 開発フレームワーク: LangChainやGoogle ADKなど、主要なフレームワークを比較。
- 3. 観測・分析: Langfuseなど、トレーシングやデバッグを支えるツール群を紹介。
- 4. フルマネージド統合AI開発プラットフォーム: Azure, AWS, GoogleのPaaSを比較。
- 5. 本番運用・実践ガイド: パフォーマンス、コスト、セキュリティの観点からタスクを体系化。
- 6. 評価 (Evaluation): 品質保証のための指標や評価フローを整理。
- 7. LLMOps: プロンプト管理や継続的改善のサイクルについて紹介。
- 8. 実装基盤: アーキテクチャ設計やUX、組織体制など実装を支える土台を整理。
- 8-1. アーキテクチャ設計 - エージェント構成パターン / フェイルオーバ / 設計チェックリスト
- 8-2. ナレッジ&データ運用 - ナレッジライフサイクル / データ契約 / ドリフト監視
- 8-3. CI/CD & プラットフォーム自動化 - 環境分離 / パイプライン / Secrets管理
- 8-4. 責任あるAIとコンプライアンス - 規制マッピング / バイアス評価 / 透明性
- 8-5. プロダクト体験とUX - 会話設計 / 失敗UX / KPI
- 8-6. テストと信頼性 - 負荷/カオス/DRテスト / 演習テンプレ
- 8-7. 外部連携パターン - ツール連携 / Function Calling設計 / 失敗緩和
- 8-8. 組織と運用モデル - 役割/RACI / オンボーディング / 定例運用
このようなナレッジをオープンに共有し、誰でもアクセスできる状態にすることで、各プロダクトへのAIエージェント導入を加速させ、組織全体の技術力を底上げすることが狙いです。
まとめと今後の展望
今回の技術推進プロジェクトを通じて、私たちは垂直型AIエージェントがSaaSビジネスに大きな変革をもたらすポテンシャルを秘めていることを再確認しました。定型業務の自動化から高度な意思決定支援まで、その応用範囲は無限大です。
一方で、PoCを通じて明らかになったように、性能、コスト、セキュリティといった本番導入への壁は決して低くありません。しかし、それらを乗り越えるための技術やアプローチも着実に進化しています。
私たちラクスは、今後もこのようなR&D活動を積極的に続け、最新技術を迅速にキャッチアップし、実践的なノウハウを蓄積していきます。そして、その成果を「楽楽シリーズ」をはじめとする自社サービスに反映させ、お客様に新たな価値を提供し続けることを目指します。
AIエージェントが当たり前になる未来は、もうすぐそこまで来ています。このエキサイティングな技術革新の旅に、これからもご期待ください。